Goyururi Letter #02: 味がある
食と生の民族誌ごゆるりを人類学的に考える
味がある
西荻窪の北に住んでいたときに、足繁く通っていた中華料理店がある。
商店街を抜けて少し歩いた先の古く小さな店がまえで、母親であろう女性とその息子らしき男性の二人。L字のカウンターはいつも近所のお客で埋まっている。厨房には中華らしい模様の施された食器が乱雑に積まれていて、手書きのメニューは餃子を強くすすめてくる。バスケットボールよりも大きな木の株の断片をまな板がわりに、大きな包丁をテンポよく動かす様にいつも見惚れていたことを思い出す。使い古されたフライパンは今宵も火にかけられ、餃子と合わせて注文が入った五目炒飯が出来上がっていく。
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「味がある」という言葉ほど、不思議な表現はないと思う。それは「甘い」「辛い」といった味覚を刺激する直接的な「味」のみを指しているわけではないし、例えば私たちは光溢れる異世界へ誘い込む印象派の絵画や年季の入った古民家の建築を眺めては「味がある」と口にする。そこには文字通りの「味」を超えた、一体何が存在するのだろうか。
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フードエッセイストの平野紗季子さんが、2018年のPOPEYE付録『味な店』で綴った言葉が印象的だ。
「完全でなくてもいい。正しくなくてもいい。自分がいいと思うことを好きにやっていく。するといつしか、誰にもまねできない物語が生まれる。それを味な店と呼んでいる。再現性の低い、物語のある店。」
私たちが「物語」と向き合う時、そこに突如立ち現れるのは登場人物に代表される生命の情念と、彼ら・彼女らが確かに生きた時間性である。私たちが狭い意味で認識している「絵画」「建築」「店」「料理」はどれもこの世の表象、ある意味で単なる表面に過ぎず、そのレンズを通してピントを合わせて生命の存在を発見し、過去と未来の絡まる時空をダイナミックに行き来することで、そこに確かにある物語に出会う時、私たちはその奥深く豊潤な「味」を楽しむことができるのかもしれない。そういう意味において、「味わう」という行為は、あらゆる生命と時間性が集合した「物語」に向き合う態度であり、そこから生起する情念への敬意の眼差しとも言える。物語は生まれると同時に見つけられるべきもの、という二重性に、少し心が躍る感覚を覚えた。
最後に、アメリカの天文学者カール・セーガンの印象的なフレーズを。
“Somewhere, something incredible is waiting to be known.”
(訳:どこかで何か素晴らしいことが、誰かに発見してもらいたくてうずうずしている)
( Masato Ushimaru @atthegorge )
今週のひとさら
春巻きに込めた思い
この日のごゆるりは、20代〜50代まで幅広い年代のゲストが来てくださった。なかなか故郷に帰れない新社会人の子もいれば、赤ちゃんを終始抱っこしたままでお食事されるママさんがいたり、小中学生のお子様を育てるママさんで、もう長年家庭で自分が料理をしている・・・という人がいたり。
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そんな中、「20代一人暮らしの私が自分には絶対に作らないけど、実家に帰ったときに作ってもらえたら嬉しいものってなんだろう」と考えながら、「毎日忙しい中で料理もする役割を担っているママさんたちがテンションが上がるもの、新しい発見があるものってなんだろう」って考えていて、思いついたのが「お魚とハーブの春巻き」だった。
春巻きって、面倒なんだ。普通は具材を炒めたりしてから、それを包んで、揚げて・・・いくつも工程がある。でも美味しい。脂っこいものは私もあまり得意ではないが、皮がカリッとしていて中がジューシーな春巻きは最高。そんな春巻きを私は絶対に自分のためには作らないし、家族にもすすんでは作らない。でも実家に帰った時に母親が作ってくれるとテンションが上がる。
そしてお魚の春巻きは、買ってきたお魚を巻いて焼くだけだからめちゃくちゃ簡単なのである。そこに香りのいい葉っぱをプラスするだけでちょっとおしゃれなおかずになる。今回は、ハーブや香りのある野菜が好きって事前のアンケートで答えてくれたゲストが複数いるし、旬のお魚が食べたいと書いてくれたゲストも何人かいる。よし、お魚とハーブの春巻きにしよう。
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こんな感じで、その日に来るゲストの最大公約数的なところを探しながら、一つひとつのお料理を何にするか考えている。その一つひとつの出来上がった経緯を説明はしきれていない。そして、そこに再現性はない。本当にその日限りの「一生に一度のひとさら」なのだ。けれども、1回1回に込めている思いにゲストたちは気づいてくれているような気がしている。
一回一回に魂を込めると言ったら大袈裟かもしれないけど、魂が込められたごはんを食べているとき本当に美味しいし、しあわせだなあって私は思う。だから、一回一回、1人ひとりを大事にして、魂込めてひとさらを作っていきたい。
( Risa Masaki @risainsea )
ひとことレシピ
お魚とハーブの春巻き
ハーブと一緒に包むだけで大人の贅沢なおかずに
【材料】4人分
<鯵と大葉 ver.>
・アジ:3枚おろし4尾分
・大葉:8枚
・塩:魚にまぶす用
・春巻きの皮:4枚
<鮭とディル ver.>
・鮭:2切れ
・ディル:1パック
・塩:魚にまぶす用
・春巻きの皮:4枚
【作り方】
①(下準備)
・鮭は1尾を4等分に切る
・お魚全体に塩をまぶして10分ほどおいておく
・正方形の春巻きの皮は2等分に切る(三角形でも長方形でも)
②春巻きの皮の上に大葉/ディル→鯵/鮭をのせて、くるっと巻く。
③フライパンに大匙6〜の油を入れて強めの中火で熱し、温まってきたら春巻きを投入。揚げ焼きする。
【アドバイス】
・お好みでスライスチーズをちぎって一緒に巻いても美味しい◯
・バジルなど、別のハーブでも楽しめます◎
( Risa Masaki @risainsea )